東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)165号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第二号証ないし甲第四号証によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりであると認められる。
本願発明は、半導体レーザを光源として用いた、光ビデオデイスク装置に関するものである(本願明細書第一頁第一三行及び一四行)。従来の光ビデオデイスク装置は、光源にHe―Neガスレーザを用いていたため、形状が大きく、構造も複雑で、かつ、高価になるという欠点があり、それに代わるものとして半導体レーザを用いる開発が行われてきたが、半導体レーザは発光形状が完全に等方ではなく、情報記録媒体上にレーザ光を絞り込んだ際に、情報ピツトを数個同時に照射してしまい、再生信号波形に歪を与え、さらに信号の変調度を低くする欠点があつた(同第一頁第一五行ないし第二頁第九行)。本願発明は、半導体レーザと情報記録媒体の配置を規定することによつて、前記欠点を解決し、波形歪のないしかも変調度の高い再生信号を得ることを目的として(同第二頁第一〇行ないし第一三行)、特許請求の範囲(前記本願発明の要旨)記載のとおりの構成を採用したものである。本願発明は右構成を採用したことにより、波形歪のない、しかも変調度の高い良好な信号を再生することができるという作用効果を奏するものである(同第五頁第五行ないし第七行)。
(二) 一方、第一引用例には、
「(Ⅰ) 光源と、記録体10と、前記光源から出射した光を矩形の窓3を備えた不透明マスクを介して記録体上のトラツク7へ導びく光学手段を有する情報再生装置であつて、
(Ⅱ) 投影対物レンズ2に対してマスク1を配置することによつて矩形のひとみを形成し、対物レンズの入射面に投じた影が二つの斜線を施した領域間の矩形照射領域の範囲を決めるようにして選択され、照射領域の方向決めはトラツクの移動方向であり、それで前記照射領域から投影される読出しスポツトはトラツクを垂直に交差するようにされる(別紙図面(二)参照)」との
技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。
さらに、成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例記載のものは、一定な幅を持ち、かつ読み出されることになる情報を含む矩形波形の記録体を構成する一様でない長さと間隔とをもつトラツクを表面に記録した情報基体の読出しに関するもので(第一頁右欄第八行ないし第一二行)、従来の情報基体の読出しは、トラツクの幅に等しい円形の光スポツトを用いていたが、この時には、光スポツトがトラツクの幅方向に偏心すると、スペリアス変動を受ける欠点があり、また、読出しヘツドをフイードバツク制御している際に、フイードバツクループの利得が変動すると、不安定な動作になり、そして、右不安定さを除くために、トラツクの幅より狭い円形の光スポツトを用いた場合には、干渉により読出し装置において寄生的信号が生じるという欠点があつた(第一頁右下欄第一三行ないし第二頁右上欄第六行)が、第一引用例記載のものは、右欠点を除去することを目的として(第二頁右上欄第七行ないし第一一行)、情報基体の読出し面に、情報トラツクに重なり、かつ、トラツクの直行方向に縦軸を有する断面矩形の光スポツトを照射させるよう構成した(第一頁左欄第六行ないし右欄第五行)トラツクの読出し用光学装置であることが認められる。
(三) また、成立に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例は、昭和四八年二月二〇日発行にかかる「レーザーハンドブツク」という書名の、半導体レーザ装置に関する文献と認められるところ、この第二引用例に「図4・4・1(別紙図面(三)参照)において半導体のpn接合部から楕円レーザ光が出射されていること」が記載されていることは当事者間に争いがない。
(四) 次いで、第三引用例には、「通常の半導体レーザでは、発光ビームは出射端面で、接合間隙の幅と接合面に平行に取り付けられた電極長さにほぼ等しい長さを有する矩形状のビームとなる。デイスクおよびドラム型の光メモリ装置における一つの大きな機械的変動は回転体を支持する軸受けの軸ぶれである。したがつて変動方向と半導体レーザビームの長軸方向を合せ、書込みビーム長さより短いビームで読み出すことにより、読出しのS/Nは改善される。」との技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。
そして、成立に争いのない甲第七号証によれば、第三引用例記載のものは、光学的に情報を書き込み、読み出す光メモリ装置に関するもので(第一頁左欄第一四行ないし第一五行)、従来の光メモリ装置は、書込み用及び消去用ビームの径形状と読出し用ビームの径形状とが同一であるため、読み出し時のS/Nを低下させないためには、回転する記録媒体と光源との相対的位置関係を高度に安定化する必要があり、高度の精密機械技術を必要としたり、高価になつたりする欠点があつたが(第一頁左欄第一四行ないし右欄第八行)、第三引用例記載のものは、読出し時に安定なS/Nを与える光メモリ装置を提供することを目的とし(第一頁右欄第九行及び第一〇行)、二つの異なつた幅で発光し得る半導体レーザと、該半導体レーザより放射された光を収束するレンズ系と、等速回転する円板または円筒上に形成された光学的に記憶し得る媒体と、該媒体の透通光量を検出する光検出器とより構成され、該半導体レーザを光源として、幅の広い発光状態で書込み、消去を行い、幅の狭い発光状態で読出すようにしたことを特徴とする光メモリ装置(第一頁左欄第四行ないし第一二行)であることが認められる。
2 相違点の判断について
原告は、本願発明と第一引用例記載のものとでは、情報トラツクに光スポツトを照射する際に、右スポツトの長軸方向をトラツクの直交方向に配置するようにしたことの技術的課題を異にするから、第一引用例記載のものの光源と矩形窓に代えて半導体レーザを適用することが当業者にとつて容易に推考できるものとはいえない旨主張する。
本願発明は、情報記録媒体上にレーザ光を絞り込んだ際に、トラツク上の情報ピツトを数個同時に照射してしまうことを避けることによつて、再生信号波形の歪を是正し、変調度の高い再生信号を得ることを目的とし、レーザ光束によつて得られる断面楕円形の光スポツトを情報トラツクに照射する際に、右スポツトの長軸方向をトラツクの直交方向に配置するという構成を採用したものであることは前記1(一)で認定したとおりである。
他方、第一引用例記載のものでは、矩形照射領域から投影される読出しスポツトがトラツクを垂直に交差するようにされていることは前記1(二)で認定したとおりである。そして、成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例には「長方形のスポツトの利用によつて、読出しスポツトの長軸線の長さの半分に制限されるトラツク偏心に対してほぼ一定の振幅をもつ高精細度の読出し信号を得ることができ、もし偏心が上記制限を越えると、位置制御装置が作動して読出しヘツドを安定して中心に戻す(第二頁右上欄第一二行ないし第一七行)。」「読出し装置の出力V(t)における変動24を表す線図は矩形波形であり、この矩形波形の前縁及び後縁は移行方向における読出しスポツトの小さな幅のため比較的急勾配である。読出しスポツトは長方形であるので、信号V(t)のレベルを減少させるためにはε1以上の偏心が要求されることがわかる。その結果、読出し信号V(t)は良好な精細度をもつことができ、さらにその振幅は値ε1以下の偏心の影響のもとで変動しない(第四頁左下欄第三行ないし第一二行)。」「この発明による読出し装置は、読出しスポツトの長軸線に垂直な縦軸線をもつ回折トラツクを読出すのに長方形の読出しスポツトを用いることができる。この場合、読出しスポツトは二つの隣接トラツク部分を分けるピツチを越えてのびることができない。しかしながら、読出しスポツトの縦軸線に垂直であることは本質的なことではなく、すなわち交差角度が九〇度付近である時読出し信号は良好に精細度をもつのでこれら軸線を互いに交差させて配置しても十分である(第五頁左下欄第二行ないし第一二行)。」と記載されていることが認められる。右認定事実及び第一引用例の第2図(別紙図面二参照)によれば、第一引用例記載のものにおいて、光スポツトを情報トラツクに照射する際に、光スポツトの長軸方向を右トラツクの直交方向に配置するようにしたのは、所定範囲のトラツク偏心に対してほぼ一定の振幅をもつ高精細度の読出し信号を得るため、及び読出し出力の前縁や後縁を比較的急勾配になして良好な精細度をもつ読出し信号を得るためであつて、良好な精細度の読出し信号を得るため、読出し光スポツトの移行方向に対する光スポツトの幅を小さくすることにより、光スポツトがトラツクに沿つて配置された情報ピツトを同時に複数個照射しないようにしているものであることが認められる。
してみると、第一引用例は、本願発明がその技術的課題を解決するための構成を示唆しているものであり、審決が、第一引用例の記載から引用した技術的事項は右認定の事項にほかならない。
そして、第二引用例の記載から、「楕円ビームを出射する半導体レーザ」が本件出願前に公知であることは前記1(三)で認定したとおりであるから、記録媒体上に投射される光の長軸がトラツクに直交する方向に配置されるようにした第一引用例記載のものの光源と矩形窓に代えて半導体レーザを適用することは、当業者にとつて格別困難なこととは認められず、この点における審決の認定、判断に誤りはない。
原告は、第一引用例記載のものは、トラツクの直交方向に光スポツトが伸長され、かつ、その方向の光強度分布が一様になるように、光ビームを照射したものであるから、第一引用例記載のものに第二引用例記載のものを組み合わせても、一様な光強度分布を得るために矩形窓が必要であり、矩形窓を通して半導体レーザビームを切り出さなければならないと主張する。
しかしながら、審決が、第一引用例より引用した技術的事項は、前述したとおり、「光源と矩形窓との組み合わせによつて長方形の光スポツトを形成し、そのスポツトをトラツクの直交方向に配置したこと」であつて、光スポツトとトラツクの直交方向に対する相対的位置の変動に基づく再生信号の変動を防止するために光スポツトの光強度分布を一様なものにするという技術的事項を引用しているものではないから、第一引用例記載のものに第二引用例記載のものを組み合わせても、矩形窓を設ける必要性はないものである。原告が本願発明との本質的な相違としてあげている第一引用例記載のものの「光強度分布の一様性」は審決が引用していない技術的事項であつて、これについて主張することはそれ自体理由がなく、また、第一引用例の記載を検討しても、同引用例記載のものが、一様な光強度分布であるものを用いなければならないものであるとまで理解することはできない。
さらに、原告は、「本願発明と第三引用例記載のものとは技術的思想を異にするものであり、第三引用例記載からは、一般に光スポツトの長軸方向をトラツク方向に直交させる方がよいという示唆は得られない旨主張する。
しかしながら、前記「審決の理由の要点」によれば、審決が第三引用例から引用したのは、(イ) 半導体レーザは、発光ビームが矩形状のビームになること、(ロ) 光メモリ装置の大きな機械的変動は軸ぶれであるので、変動方向と半導体レーザビームの長軸方向を合わせて、書込みビーム長より短いビームで読出せば、読出しのS/Nは改善されること、(ハ) トラツク方向に幅が狭く、トラツクに垂直の方向に幅の広いビームを使用することの各点であつて、いずれも、第三引用例記載の断片的な技術的事項を引用しているにすぎず、第三引用例の技術内容の全部を引用しているものではない。したがつて、第一引用例記載の「読取り時には記録時より小さな径のビームとすること」「トラツクと直交する方向のビームの長さをトラツク幅より小さくすること」は、本願発明との対比に当つて問題とすべきことではない。
そして、第三引用例より引用された右技術的事項には、スポツトの長軸をトラツクの直交方向に配置させることが開示されており、このことが一般的なS/Nの改良に利用できることを示唆していると認められるのであつて、この意味において、第三引用例記載のものは本願発明と軌を一にし、第三引用例は本願発明の考えを示唆しているといえるとした審決の判断に誤りはない。
3 作用効果の看過
原告は、本願発明の楕円形スポツトは、トラツクの長軸方向に直線偏向されているため、再生信号の変調度が大幅に改善されているという格別の作用効果を奏しているものであり、審決はこの点を看過している旨主張する。
しかしながら、前掲甲第二号証ないし甲第四号証によれば、本願明細書及び図面には、右作用効果を奏するための構成要件であるべき、半導体レーザが出射する楕円形の光スポツトにおける直線偏向の方向について何らの記載もなく、光スポツトの偏向方向と再生信号の変調度との間に関係がある旨の記載もまた認められない。そして、光スポツトが長軸方向に偏向されていることが再生信号の変調度を高めることになるということが技術上自明であるとはいえないから、本願発明は、前記1(一)で認定した、楕円スポツトの長軸方向をトラツク方向とほぼ直交するように配置したことによつて変調度の高い良好な信号を再生することができるという本願明細書に記載されたとおりの作用効果を奏する以上の、光の偏向による格別の作用効果を奏しているものとは認められない。
そして、本願明細書に記載された右作用効果は、第一引用例記載のものにおける光源と矩形窓との組み合せの代わりに、光ビームの断面の形状が類似している半導体レーザの楕円ビームを適用することによつて得ることができることは、当業者であれば通常予測し得るものであるにすぎない。
したがつて、審決は本願発明についての格別な作用効果を看過したものであるとする原告の前記主張は理由がなく、採用し得ない。
原告は、発明の効果は、明細書に記載すべきものであるが、右効果が生じる理由は必ずしも明細書に記載する必要はなく、偏向方向の影響に関する主張は、本願発明の効果が、第一引用例記載のもののスポツトを用いたものに比べて顕著であるとの事実を、実験データに代わる根拠として述べることによつて示すもので、明細書に記載のない実験データの提出が許されるのと同様に、偏向方向の影響に関する右主張も許される、と主張する。
確かに、明細書には発明の目的、構成及び効果を記載すれば足り、構成から効果が生ずる理由は必ずしも記載する必要はないが、明細書は技術文献として、当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成と共にその特有の効果をなるべく具体的に記載すべきものであるから、当業者がそれだけでは当該発明の特有の効果があることを容易に理解することができない場合には、その効果の生ずる理由をも記載しなければならないものというべきである。ところで、本件においては、光スポツトの偏向方向と再生信号の変調度との間に関係があり、長軸方向に偏向されていることが再生信号の変調度を高めることになるという特殊かつ顕著な作用効果を奏すると主張するのであるが、前記のとおり、そのようなことが技術上自明のこととは言えないし、当業者においても容易に理解できることとは考えられないところであるから、半導体レーザが出射するビームの偏向方向と再生信号の変調度との間の関係については当然最初から明細書に記載しなければならないものである。また、一般に実験データの提出は、明細書に記載された効果の達成度合いの確認のために行われるものであつて、効果の生じる理由を新たに主張することとは異なるものであつて同列に論じ得ることではない。したがつて、原告の右主張は理由がない。
4 以上のとおりであるから、相違点についての審決の判断は正当であり、かつ、本願発明の奏する作用効果についての看過は認められず、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
(イ) 半導体レーザと、情報記録媒体と、前記半導体レーザから放射した楕円ビームを前記情報記録媒体上の情報トラツクへ導く光学手段とからなる情報再生装置において、
(ロ) 前記光学手段により前記情報トラツクへ絞り込まれた前記楕円ビームの楕円スポツトの長軸方向が前記トラツク方向とほぼ直交するように、前記半導体レーザを配置し、前記楕円スポツトは長軸方向の長さが前記情報記録媒体上に形成された前記情報トラツクの幅よりも大きいことを特徴とする情報再生装置。 (別紙図面(一)参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
<省略>
(以下省略)